日本庭園には手水鉢や蹲踞(つくばい)がつきものですが、ときどき水琴崫を見ることがあります。説明はいつもの通りWikipediaからです。
水琴崫とは
日本庭園の装飾の一つで水滴により琴のような音を発生する仕掛けである。構造としては底に小さな穴の開いた瓶が逆さに伏せた状態で土中に埋められており、底は水が溜まるように粘土などで固められている。上には一般的に手水鉢が置かれておりそこから流れ落ちる水が瓶の穴を通して滴り落ちるようになっている。その時の音が瓶の中で反響し琴の音のような音となる。伝統的な水琴窟は茶室前の蹲踞に併設されることが多い。
円光寺


水琴窟でよい音を出すには瓶など各要素の組み合わせとその調整が必要である。 最も重要なのは、土中に逆さに置かれた瓶である。近年は金属製のものもあるが瓶は米や水溜め用の素焼きの陶器のものが水滴を作るのに最も適しているとされる。深さは30cmから1m、直径は30cmから50cm程度のものを用い底の穴は2cm程度とする。ひびが入っていたりするとよい音はでない。
醍醐寺 雨月茶屋

永観堂

水琴窟の断面瓶は地面に掘られた穴に水漏れ防止用の粘土または近年はモルタルで固められた上に伏せられる。古い水琴窟では水が自然に流出するのを待っている方式であったが一定の音色を保てないため、水位を一定に保つ排水用の管を設けるのが一般的となった。瓶の周りや上部は小石で全て覆われ、その上に手水鉢が置かれる。音を聞くための竹筒が設けられている場合もある。
相国寺塔頭 瑞春院

妙心寺塔頭 退蔵院

水琴窟の歴史
水琴窟は最初は洞水門(とうすいもん)と呼ばれており庭園に設置されるものではなく手洗い場の排水設備であったらしい。それが時々いい音を出すことがわかり庭師により改良されるようになった。水琴窟として知られるようになったのは江戸時代中期である。そのころの著名な茶人であり庭園作家でもある小堀遠州の発明品という説もある。
府立植物園

江戸後期には一旦廃れ、明治時代再興したものの昭和初期には ほとんど忘れられた存在となった。1959年の東京農業大学の平山教授の報告書では二つの例が報告されていたがほとんど地面に埋もれ修復も困難な状況であった。しかし朝日新聞による1982年の報道が多くの水琴窟の再発見へつながった。このあとのNHKにより取り上げられ再び注目されるようになった。音の出る庭園の装飾物としては他にししおどしもあるが、これに比べ水琴窟は音量が小さく音色もよいことから個人の住宅でも設置される例が少なくない。
八幡 松花堂

水琴窟の音
水琴窟の音は水琴音と呼ばれる。音はさらに流水音および水滴音の二つに分けることができる。手を洗っているとき大部分の水は小石や瓶の縁をつたって流れ去るがこれが流水音であり、内側の水滴音とハーモニーする。手洗いが終わると流水音は徐々に終わり水滴音のみとなる。

よくできた水琴窟は瓶の複数の場所から水が滴り落ちるようになっている。素焼きの瓶がよいのは湿気をよく保持し内面のより多くの場所から滴下が始まるからである。音は水滴が水面に落ちたとき発生し瓶の内側で反響、増幅される。音色は瓶の形状や大きさ、さらには底の水の溜まり具合など様々な条件で変化する。
水琴窟は各所にあるが、ひとつとして同じ音の水琴窟はないといわれる。
大原 宝泉院

京都では他に、成就院や正法寺にも水琴窟があるそうですが、まだ見ていません。
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