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2008年3月12日 (水)

平安神宮 白虎と青龍

平安神宮の応天門をくぐると、左右に虎と龍の像が立つ手水台があります。神社には狛犬が付き物ですが、平安神宮はどうして虎と竜なのでしょうか。

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四神信仰
四神の信仰は古代中国で誕生し日本へ伝えられた。
北は玄武(亀と蛇)、東は青龍、南は朱雀(鳥)、西は白虎という神獣がそれぞれ鎮護するというもの。中国や日本の古墳の壁画や鏡、装飾品などに四神の描かれている。
特に高松塚壁画古墳やキトラ古墳の壁画は有名。『続日本紀』の大宝元年(701)正月元日の条には、「朝賀の儀式に烏形の幢(どう)、左に日像(にっしょう)・青竜・朱雀の幡(ばん)、右に月像(げっしょう)・玄武・白虎の幡が立てられた」と書かれている。

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朝廷の祭儀で「四神幡(旗)」が用いられて来たことがわかる。藤原京から平城京への遷都された折の詔文にも、「方今平城の地、四禽図に叶(かな)ひ三山鎮を作(な)す、亀筮並(きぜいなら)び従ふ、宜しく都邑を建つべし」とあるのも、「四禽」つまり「四神」の思想と信仰によるものとされている。

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四神相応の都
桓武天皇は、延暦13年(794)の10月22日、長岡京から平安京へと都を遷したが、この地が四神相応の「平安楽土」とみなされたことが理由のひとつであった。長岡京遷都で失敗をした桓武天皇が起死回生の為に、中国の古典に詳しい学者を集めて四進相応の最適な地を探させたのである。

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ところで、一般に四神相応の地とされているのは、「蒼龍」に対して東に清き流れがあり、「朱雀」に対して南が広く開けた湿地帯であり、「白虎」に対して西に大きな道が続き、「玄武」に対して北に高くそびえる山がある土地をさす。平安京では、それぞれ「蒼龍」が賀茂川、「朱雀」は干拓されて今は無き巨掠(おぐら)池、「白虎」は山陽道(もしくは山陰道)、「玄武」は舟岡山とされている。

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ちなみに、風水思想などの元になっている陰陽道や陰陽五行説にならうと、当時の大極殿跡(千本通丸太町辺り)は、「龍穴」とよばれる自然に宿る「気」が吹き出すところとされる。

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平安神宮でも平安京往時さながらに大極殿の東には「蒼龍楼」西には「白虎楼」がそびえ、本殿の東に位置する中神苑には「蒼龍池」西神苑には「白虎池」の名前がつけられている。また、年間の大きな祭事4月15日の例祭と10月22日の時代祭には境内に四神旗が掲げられる。 
平安遷都1100年を記念して創建された平安神宮は、四神信仰とゆかりが深いものといえます。

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余談ですが、いつもお世話になっているWikipediaでは、四神相応の地とされている平城京や江戸城の周囲が厳密には山川道澤に対応していない。平安京はたまたまそれが当てはまっているが、四神相応の意味が時代とともに一定していないのではないかと述べています。でも、いくら四神が司る時代でも、為政者が都市を建設しようとする土地を信仰だけをよりどころに選択したとは考えにくいと思います。いろいろな現実的な要素を考えて候補地を決定し、多少はずれていても四神相応であるとこじつけたという方が本当ではないかと思っています。

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横道にそれてしまいましたが、写真の白虎と蒼龍の手水台は奉納されたもので、神社の手水場は応天門を入る前の左手にあります。

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