剣道から今熊野観音へ
一昨日の記事で、剣神社から今熊野観音への道が今なお昔の面影をとどめていると書きました(剣神社の由緒から)。後で写真を調べてみると、そのあたりの写真がいくつか見つかりましたので紹介します。
そば茶寮「澤正」、例の三叉路から坂を登るとすぐにあります。
古き物の良さを楽しみ、そして又今を遊ぶ。自然に恵まれた屋敷の迎賓館として、昭和の初期に三年の時をかけて建てられた館が蘇りました。どうぞお楽しみください。

食事には季節のうつろいにより旬の素材を堪能して頂けますよう、月がわりの創作そば会席をご用意しております。また、各月により店主厳選の純米酒や地元泉涌寺周辺の窯元で焼かれた清水焼の器をお料理の彩りとしてお楽しみ頂いております。(そば茶寮澤正のHPから)

圓通庵、澤正さんの建物かも知れませんが、よく分かりません。

こんな立派な祠もありました。

鳥戸野陵には、一条天皇の皇后・藤原定子以外にも、多くの皇族や藤原道長をはじめとした貴族の火葬塚があります。また文暦元年(1234)に後堀河上皇が崩御されると、境内に観音寺陵が築かれました。観音寺は、これらの人々の葬儀や法要をおこない、平安中期以来綿々と鳥戸野の管掌寺院として皇室とかかわり、その崇敬を得て栄えました(今熊野観音寺のHPから要約)。

ところで、「面白看板」シリーズのきっかけとなった下の写真は、ここで見かけたものです。なるほど、宮内庁が怒るわけです。

このあたりは、東山の麓になるので見晴らしはこのとおりです。


まもなく、泉涌寺から今熊野観音寺に行く鳥居橋が現れました。

ここを歩いたときは鳥戸野のことを何も知らず、調べておけばそれなりの写真が撮れたのに・・・とはいつもの後悔です。
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