« 水琴窟がある風景 | トップページ | 舞妓さんのいる風景7 »

2008年3月19日 (水)

京の眺望9 神応寺

京阪八幡駅からすぐ近くに神応寺があります。同じ名前のお寺は他にもいくつかあるそうですが、このお寺の由緒は古く書院からの見晴らしは見事です。

石清水八幡宮の鳥居の横に道しるべがあります。

Dsc_3772a

この日はお祭りで自由に拝観できましたが、普段は事前に連絡が必要とのことです。(075-981-2109)

Imk_8178a

階段を上ってまっすぐ行くと、杉山谷不動尊に行きます。ここは、谷不動ともいわれ、「厄除け不動」として人々に信仰されている。平安時代の初期、危害を加える悪鬼が出没し、人々を悩ませていたという。たまたま、諸国を行脚中の弘法大師が法力によって悪鬼を封じた。そして、十一面観音菩薩と自身の彫像を刻んで安置し、諸人を護った。また、一説には八幡神を男山に勧請した行教律師が男山の鎮守として建立したともいわれている。

Dsc_3780b

杉山谷不動尊に行く途中から神応寺に登る急な階段があります。本堂前ではアトラクション。

Imk_8232a

神応寺
貞観2年(860年)、石清水八幡宮を勧請した行教律師が応神天皇の霊を奉安して建立した寺であるが、後に天皇の号をはばかって「神應寺」と改めた。はじめは四衆兼学の道場であったが、現在は曹洞宗に属している。

Imk_8235a

文禄年間(1592-1596)、征韓の役にあって豊臣秀吉は、石清水八幡宮に詣で、軍の先鋒にと八幡宮の神官を望んだが、神社側は恐れて命に服さなかった。秀吉は機嫌を損ねたが、神應寺の住僧の機転により、征韓の首途にはまず応神天皇の御寺に参詣すべきことを進言したので秀吉は機嫌を直し、寺領200石を寄進したという。

Imk_8272a

堂内には本尊薬師如来、日光・月光像、秀吉の位冠束帯の像があり、さらに特異な風貌を現した行教律師座像(重要文化財)が安置されている。書院は伏見城の遺構と伝えられ、上段の間に違い棚を設け、金具には菊花・太閤桐、襖戸杉戸には狩野山雪の筆による「竹に虎」「御所車(重要文化財)」が描かれている。

Imk_8258a

ここからは、八幡市から京都市南部が見渡せます。

Imk_8264a

Imk_8263a

Dsc_3818a

こちらは、大山崎方面。前回紹介した大山崎山荘美術館からの眺めはこちら

Dsc_3836a

名神高速の向こうに京都タワーが見えます。

Dsc_3837a

このあたりは、木津川、淀川、桂川の合流地点です。

Dsc_3839a

手前の鉄橋は京阪電車

Dsc_3842a

境内横の道をさらに上ると墓地があり、淀屋橋に名が残っている江戸時代の豪商、淀屋辰五郎や、飛行機の発明家二宮忠八の墓があります(飛行神社の記事はこちら)。このあたりからは視界が開けて、一層眺めはよくなります。

Imk_8293a         

お越しいただき、ありがとうございました。お帰りの際には↓をよろしく!

--------------------------------------------------------
新しくブログランキングに参加しました。是非宜しく。→ Banner_04

               こちらもクリック宜しくお願いします。にほんブログ村 旅行ブログ 国内旅行へ
--------------------------------------------------------

Dsc_3841a

|

« 水琴窟がある風景 | トップページ | 舞妓さんのいる風景7 »

9 こだわりの 寺社」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 水琴窟がある風景 | トップページ | 舞妓さんのいる風景7 »