京の眺望9 神応寺
京阪八幡駅からすぐ近くに神応寺があります。同じ名前のお寺は他にもいくつかあるそうですが、このお寺の由緒は古く書院からの見晴らしは見事です。
石清水八幡宮の鳥居の横に道しるべがあります。

この日はお祭りで自由に拝観できましたが、普段は事前に連絡が必要とのことです。(075-981-2109)

階段を上ってまっすぐ行くと、杉山谷不動尊に行きます。ここは、谷不動ともいわれ、「厄除け不動」として人々に信仰されている。平安時代の初期、危害を加える悪鬼が出没し、人々を悩ませていたという。たまたま、諸国を行脚中の弘法大師が法力によって悪鬼を封じた。そして、十一面観音菩薩と自身の彫像を刻んで安置し、諸人を護った。また、一説には八幡神を男山に勧請した行教律師が男山の鎮守として建立したともいわれている。

杉山谷不動尊に行く途中から神応寺に登る急な階段があります。本堂前ではアトラクション。

神応寺
貞観2年(860年)、石清水八幡宮を勧請した行教律師が応神天皇の霊を奉安して建立した寺であるが、後に天皇の号をはばかって「神應寺」と改めた。はじめは四衆兼学の道場であったが、現在は曹洞宗に属している。

文禄年間(1592-1596)、征韓の役にあって豊臣秀吉は、石清水八幡宮に詣で、軍の先鋒にと八幡宮の神官を望んだが、神社側は恐れて命に服さなかった。秀吉は機嫌を損ねたが、神應寺の住僧の機転により、征韓の首途にはまず応神天皇の御寺に参詣すべきことを進言したので秀吉は機嫌を直し、寺領200石を寄進したという。

堂内には本尊薬師如来、日光・月光像、秀吉の位冠束帯の像があり、さらに特異な風貌を現した行教律師座像(重要文化財)が安置されている。書院は伏見城の遺構と伝えられ、上段の間に違い棚を設け、金具には菊花・太閤桐、襖戸杉戸には狩野山雪の筆による「竹に虎」「御所車(重要文化財)」が描かれている。

ここからは、八幡市から京都市南部が見渡せます。



こちらは、大山崎方面。前回紹介した大山崎山荘美術館からの眺めはこちら。

名神高速の向こうに京都タワーが見えます。

このあたりは、木津川、淀川、桂川の合流地点です。

手前の鉄橋は京阪電車

境内横の道をさらに上ると墓地があり、淀屋橋に名が残っている江戸時代の豪商、淀屋辰五郎や、飛行機の発明家二宮忠八の墓があります(飛行神社の記事はこちら)。このあたりからは視界が開けて、一層眺めはよくなります。
お越しいただき、ありがとうございました。お帰りの際には↓をよろしく!
--------------------------------------------------------
新しくブログランキングに参加しました。是非宜しく。→
こちらもクリック宜しくお願いします。
--------------------------------------------------------
| 固定リンク
「 9 こだわりの 寺社」カテゴリの記事
- 哲学の道 幸せ地蔵尊(2008.05.08)
- 剣神社(2008.03.26)
- 京の眺望9 神応寺(2008.03.19)


コメント